日本最大のゲイイベント「Shangri-La」終了に寄せて

どうも、英司です。
今年は残暑らしい残暑もなく、秋も深まって来ましたがいかがお過ごしでしょうか。

 

日本最大のゲイイベント「Shangri-La」が2017年いっぱいで終了

 

毎年、新木場にあるageHaにてシーズンに一度のペースで開催され、毎回3,000人以上のゲイを集めるイベント「Shangri-La」が2017年の冬の回をもって終了することが正式に発表されました。

 

10月9日付で、公式Twitterにて下記の通り発表がありました。

 

 

まず、Shangri-Laは2002年に前身のイベント「Paradise Ball」が開催され、それから毎年シーズンごとに開かれて来ました。季節ごとの定期開催のイベントとしては恐らくアジア最大級、世界でも有数の規模を誇るイベントだったのではないかと思います。

 

こうしたエンタテインメントを絶え間なく提供し続けることは並大抵のことではなく、オーガナイザーさん始め、スタッフの皆さんには敬意を表したいと思います。

 

長い間、本当にお疲れ様でした。

 

僕としてもShangri-Laは、20代を通して常に季節の移り変わりを感じるイベントとして君臨していたものですので、今回は思い出に浸りつつ、個人的なShangri-Laとの関わりを思い返してみたいと思いました。

 

忘れもしない、ゲイ業界デビュー間もない2005年の春

 

僕が初めてShangri-La(当時はParadise Ball)に足を踏み入れたのは、2005年の春のことです。僕がゲイ業界に出てきたのが2004年の暮れ、19歳の頃でして、翌年2月に20歳の誕生日を迎え、本当にその直後の3月か4月だったと思います(当時のクラブは年齢確認が非常に緩かったのですが、Shangri-Laが開かれるageHaは当時からしっかりと年齢確認が行われていましたので、成人しないと入れませんでした)。

 

 

初めて行く本格的なクラブで、しかもまだゲイの友達がほとんどいない時。そんな中一人で乗り込むという命知らずなことをしたのですが(笑)、まだゲイバーや二丁目にすらそんなに行っていなかった時代のことです。

 

初めて目にする3,000人ものゲイ(当時はもう少し少なかったかも?)にただただ圧倒され、若干人酔いして帰ったのを覚えています。最初は正直ものすごく緊張していたのもあって、あの空間と時間を楽しみきれていなかったと思います。

 

しかし、20歳になって初めてあのイベントに足を運んだことは自分のゲイライフにとっては大きなことで、その後に始まる20代の日々にも色濃くこのイベントが入り込んで来ることになりました。

 

遊びを覚えた20代の頃

 

その後22歳になって大学を卒業し、社会人になりました。社会人1年目は仕事を覚えるのにとにかく必死で、ほとんどゲイ遊びをしなかったのですが、2年目あたりから次第に二丁目にも出るようになり、友達も徐々に増えて行った時代でした。

 

そんな中、当時できた友人たちと久々にShangri-Laに足を運ぶことにしました。その時は以前緊張して参戦したときとは違い、前に二丁目で少しだけ話した人や、少し久々に会う友達などとあちこちのフロアで会い、談笑をしたり、乾杯をしたり、フロアへ行って踊ったり、ショータイムを見たりと、あっと言う間に時間が過ぎて行ったのを覚えています。

 

2009年の夏のShangri-La。24歳当時。ようやく遊びに出る余裕が出てきた頃です

 

それからは割りと頻繁に足を運ぶようになりました。20代中盤から後半にかけては、社会人としての余裕も出てきた頃で、あちこちのパーティに行ったり、今よりも頻繁に飲みに行ったりしていて、どんどん友人が増えて行った時期。友人が増えて行くとそれに比例するかのようにShangri-Laもどんどん楽しく感じるようになって行き、毎度毎度あっと言う間に朝が来ていたのを覚えています。

 

会場に着くと最初に見える看板。いつもワクワクしながら入場の列に並んでいました

 

 

 

 

ショータイムも毎回豪華。日本選りすぐりのGOGO BOYやドラァグクイーンのショーが見られます

 

僕が20代の頃はFACEBOOKやTwitter等のSNSが台頭・普及した時期とも重なりますので、Twitterではよく絡むけど実際にはまだ会ったことのない人と一晩で一気に会えたり、そこでまた新しく仲良くなる人ができたりと、僕にとってShangri-Laはシーズンに一度の同窓会であり、巨大なオフ会のような感覚のものとして、毎回楽しみにしていました(このような楽しみ方が正しいのかどうかはわかりませんが…笑)。

 

2012年のShangri-Laにて

 

 

こちらは2014年の春の回

 

 

2014年冬の回。クリスマスでしたね~

 

 

気付けば自分もイベントを開くように…

 

恐らく最も遊んでいた20代中盤~後半にかけての日々は、本当にShangri-La抜きでは語れないような感じでして、確かあのあたりの時代はほぼ毎年皆勤賞だったのではないかと記憶しています。

 

とても楽しい場を設けてもらい、みんなが「楽しむ」ことを目的に来ている場に宿っているパワーの偉大さと言いますか、ピースフルで心地よい空気というものはとても良いな、と感じるようになっていきました。

 

そんな折、29歳の春にひょんなことから神奈川県にあるプールスタジオを経営するオーナーさんと関わりを持つようになります。そのプールスタジオは非常に美しく異国情緒が漂っており、「こんな素晴らしい場所でゲイイベントが開かれたらどんなに楽しいだろう…」と思いました。

 

最初は「誰かあそこでイベントやってくれないかな」くらいの気持ちでいたのですが、いつも良くも悪くも直感的に動いてしまう僕のことですから「そうだ!俺がやれば良いんじゃん!!」という突飛な発想に展開し、ほぼ勢いでそのプールスタジオの予約を取り(当然その時点で何の青写真もナシ)、実現したのが夏のプールパーティ「Tinkerbell」でした。

 

恒例行事となったプールパーティ「Tinkerbell」の様子。素晴らしいロケーションです

 

 

GOGO BOYのショータイムの一幕です

 

 

もちろん当時の僕はオーガナイザーなんかをやるのは初めてのこと。しかも会場はあくまで撮影スタジオであるため、音響設備やアルコール類なども常備しておらず、音響設備のレンタル業者を探し、アルコールやドリンク類を仕入れ、DJさんやGOGOさん、パフォーマーの方々にお願いに行き、あれこれかかる経費から逆算して入場料とドリンク代を決定するなど、何もかもが初めての体験でした。

 

大変なときもありましたが、その時もよくShangri-Laのことを思い出していました。お酒と音楽、友達との再会等の社交などで明るい表情のお客さんたち。

 

明け方の有楽町線で「今日はすごく楽しめた!」という充実感を抱きながら自宅に帰るあの感覚など。

 

ああいうピースフルで楽しい雰囲気を、自分のイベントでも出し、来てくれるお客さんたちに充実感や満足感を得てもらえたらどれだけ良いことか、と、そういう気持ちでやって来ました。

 

お客さんとして来てくれる人もShangri-Laで出会って仲良くなった人だってたくさんいました。

 

僕のプライベートなプールパーティと、一大イベントのShangri-Laを同列に語るなんて本当におこがましいとは思いますが、僕のやっているパーティも、もとを正せばShangri-Laでたくさん楽しい思いをしたその記憶があるからこそ、実現したことだと感じています。

 

そのTinkerbellも無事回数を重ね、お陰様で来年で5周年を迎えることになります。

 

僕にとってのShangri-Laは…

 

僕にとって20代の日々は本当に激動でした。学生から社会人になりました。転職もしました。不景気も経験したし、恋愛も失恋もしました。本当に、よく働きよく遊び、よく学んだ20代の日々だったと思います。

 

そんな日々の季節が移り変わるたびにShangri-Laというイベントは常にそこにあり、時にはあった辛い時期や停滞期も、パーッと気分転換をしに行く場所として、仕事もプライベートも順調な時期は心の底から楽しむ場所として、常に存在してくれたイベントでした。

 

僕にとってShangri-Laは、そんなどこにでもいる普通の20代のゲイとしての毎日の成長を、季節という定点で見守ってくれていたイベントだったのではないかという気持ちです。

 

最後に、繰り返しにはなりますが…

 

繰り返しにはなりますが、これだけの大規模なゲイイベントを、年に4回~5回のペースで定期開催するというのは日本やアジア、もしかすると世界を見ても前代未聞の試みだったのではないかと思います。

 

毎回新しい発見と、ゲイライフの楽しみ方を教えてくれたShangri-La。オーガナイザーさん、スタッフの皆さんには本当に感謝しています。

 

15年間、本当にお疲れ様でした。今年の開催は残すところあと2回ということで、僕も最後まで楽しませていただきます!

 

それでは!