僕が高円寺を好きな理由-多種多様な属性の人たちが緩く繋がる街-

どうも、英司です。書評や社会批評が続きましたので、今回はもっと生活感のある内容を。

 

高円寺歴10年 思えば遠くへ来たものだ…

 

本ブログでも何度かチラっと話題にしていますが、僕は東京・杉並区に位置する高円寺に住んでいます。22歳の秋から住み始め、社会に出たての若者だった僕も気づけば32歳の立派な中年になりました(笑)。今の家も、高円寺内で2回引っ越したため3軒目の家となります。

 

思えば22歳の時、JR高円寺駅徒歩13分、家賃5万8千円、洗濯機は玄関の外で、ユニットバス、木造で当時築35年の古いアパートから高円寺生活が始まりました。狭いくせして冷暖房の効きも悪い部屋でしたが、初めて実家を出て、初めて自力で稼いだお金で借りた家ですから、どんな家であろうとも何もかもが新鮮でした。

 

何より「もう自分は親の手を離れて自力で生きていけるんだ」という自信を持てたことと「きっとこのアパートやこの街は自分にとってスタート地点であって、ここから自分の生活の水準はどんどん上がって行くんだ」という、若い時代特有の希望に満ち溢れた気持ちで高円寺生活をスタートさせたことを、今でも鮮明に覚えています。

 

ここに住むようになる遠因になった一冊の本との出会い

 

高円寺に暮らし始めるまで、僕は千葉県柏市にある実家に両親と住んでいました。柏はとても便利なところでした。駅前に行けば数件のデパートがあり、大きな道路沿いに行けばドンキホーテやAEONのような深夜まで営業している商業施設もあります。東京都心も、1時間もあれば山手線沿線のどこにでも出られます。

 

しかし同時に、それは「複製可能な便利な街」ということでもあります(現在の柏は個人経営の古着屋やカフェ等がたくさんでき、僕が住んでいた頃とはかなり様変わりしていますが、少なくとも当時の僕はそう考えていました)。

 

 

柏は1960年代~70年代にかけて新興住宅街として整備され順調に発展し、90年代~2000年代前半に再開発で更に便利な街になった典型的な東京のベッドタウンであり、消費社会研究家でマーケティングリサーチャーの三浦展さんが2004年に出版した著書「ファスト風土化する日本―郊外化とその病理 (新書y)」の中で定義した「ファスト風土(※)」を体現した、東京圏に無数にある街のひとつと言えます。

 

ファスト風土:大都市周辺の街が郊外化していくことで土着的な文化が失われ、日本の風土や文化が均一化していき、地域の独自性が失われていく現象のことを指しています。個々の店舗の個性や独自性を排した経営を徹底しているファストフード店を文字っています。ちなみに、郊外化で日本の文化や価値観が均一化して行き、最終的に日本は全国が「ミニ東京化」していくのでは?、という論調は90年代頃から存在しており、この本が出版された2000年代はそのピークに。2010年代から全国で盛んに始まった「地域おこし」「地域創生」や「ゆるキャラ」のブームは、これらの議論が提起した問題に対する解決案のひとつと僕は捉えています。

 

僕は最初にこの本を読んだ時に、僕が育った郊外の社会に漂う均質性、またそれがもたらす特有の息苦しさや冷たさを実に鮮明かつ的確にとらえており、目からウロコが落ちた覚えがあります。当時、社会科学系の大学生の間でブームだったジョージ・リッツア著の「マクドナルド化する社会」で論じられている理論を、とてもうまく日本社会の実情にフィットさせた本でした。

 

思春期、青春期を過ごした柏には顔見知りの友達がたくさんいます。しかし、どこか街自体に対する物足りなさや無機質さを抱いていたのも事実で、その正体がやっとわかった気がしました。

 

家を探すことになり、土日を使っていろいろな街を見ました。条件はただひとつで、「柏では感じられなかった『温かみ』を味わえる街に住むこと」でした。その中で、ひときわ気に入ったのが高円寺でした。

 

高円寺駅を出てすぐに感じたこと

 

日本中の商店街がお年寄りのたまり場化、ひどい場合はシャッター街化していると叫ばれる中、JR高円寺駅に降り立って最初に目にするのは若者から年配者までひしめき合うパワフルで明るい商店街です。その商店街も、やはり郊外にありがちな全国チェーンの飲食店やスーパーなどに独占されているというものではなく、昭和が舞台の漫画に出てきそうな活気ある八百屋さんや肉屋さんが現役で大活躍中。

 

高円寺駅北口を出て最初に目に飛び込むのがこの「高円寺純情通り商店街」のアーチ。高円寺のランドマーク的存在です。

 

かと思えば、戦中や戦後すぐに建てられたかと思われる古い商店や民家を若い人が借上げ、古民家カフェや古着屋さん、アートギャラリーや美容室等にリノベーションして各々の夢を叶えるなど、世代交代も進んでいる商店街であり、若い人たちとご年配者、古参者と新参者、古さと新しさが平和に共存した独特の雰囲気が街全体に漂っています。

 

どのお店にもこだわりがあり、個性があり、何より「手作り感」がある。こうしたDIY的な文化は、僕が生まれ育ってきた郊外の街では味わうことのできないものでした。

 

 

古民家を改装して作られたアートギャラリー「自由帳ギャラリー」

 

何より、高円寺に住んでいる人たちは皆、きっと高円寺が好きで暮らしています。住む人も何か積極的な理由でこの街を選び取って来ており、その前向きな雰囲気が更に人を惹き付ける、そんな循環を垣間見たし、「ぜひ自分もこの街の一員になりたい」と感じることのできた街でした。

 

ご近所さんという共通点があらゆる「序列」を取っ払う

 

僕は最初、この街は30歳までには卒業しようと考えていました。その頃にはもっとリッチになって中目黒や自由が丘なんかに住みたいと思っていたものです。しかし、32歳になった現在、まだ高円寺に住んでいます(笑)。幸い最初に思い描いていた通りに徐々に住む家や生活水準も上がっていきましたが、高円寺内で転居をしています。

 

それだけ自分にとっては居心地が良い街なのだろうと思います。この居心地の良さの正体はやはり「気取らなくて良いこと」「個性を隠さなくて良いこと」にあるのかな、と思います。

 

僕も近所にいくつも行きつけのお店があります。一人で飲みに行ったりすると、同じ店の常連さんと仲良くなったり、他に一人や少人数で来ているお客さんと自然と会話が発生するような場面がたくさんあります。特に深夜になるとご近所さんばかりになることもあり、「何丁目なんですか?」なんていう会話から始まることも。

 

皆さん職業も世代も様々で、共通するのは近くに住んでいることくらい。それ以外の時間はそれぞれの得意分野を生かして日々仕事をしており、名の通った企業に勤めている人もいれば、フリーランサーの人、自分でお店や会社をやっている人、フリーター、大学生など、本当に様々な属性を持った人と、年齢や職業等に関係なく対等にお酒を飲める雰囲気があります。

 

そこにいると、社会的地位や年齢等と言った世の中の序列のようなものは一旦取っ払われ、気取らず、良い意味で互いに余計な気を遣わず、見栄を張ることもなく楽しく過ごすことができます。

 

 

お店も、商店街との壁を感じさせないオープンなデザインの飲食店が多いのが特徴です。「街との一体感」を大切にしています

 

一方で、ガード下に行けばこんな昭和な雰囲気の居酒屋街が広がっています

 

昔ながらの銭湯も健在。春になると巨大な鯉のぼりがたなびきます。風情がありますね

 

セグメント化された郊外と、共存化された街

 

郊外の社会は、だいたい街が開発された時期に適齢期やマイホームの購入期を迎えた世代が一気に「入植」する傾向があるので、街に住む人々の年代も似通って来ます。また、販売される戸建てやマンションの価格帯もあまり大差がないので、結果的に同年代の、同等程度の経済水準の人々が住む街ということになり、自ずと職業(主に東京都内の企業に勤務のホワイトカラーのサラリーマン)や金銭感覚、価値観や文化資本という面でも、高度にセグメント化された均質的なコミュニティが築かれやすいのです。そして、不思議なことに均質で親しい者同士ほど、少しの差が気になって優劣を付けたがるものです。

 

対して、高円寺のような街はこうした均質的な郊外の社会では考えられないくらい様々な個性や特徴、世代、仕事、基本属性を持った人が集まり共存化されており、そういった街は意外にも均質的なコミュニティよりも他人との「差」や「違い」が気になりません。それぞれが自分と他人を比べずに、好きなように生きていきやすい環境のように思います。

 

僕は自分自身がゲイであり、思春期や青春期の頃は常に「周りと自分との違い」を意識しながら生きて来ざるを得ない状況であったことも少なからず関係していると思います(もちろん、同じゲイでもそういった葛藤を持たなかった人もいます)。それが均質的な郊外の社会の中であればなおさらのことで、ずっと求めていた環境に、高円寺の街の雰囲気はすごく近かったのかな、と思います。

 

この10年で変わったこと

 

高円寺はかつて、ロック歌手志望のバンドマン等が木造の古いアパートに住んでいたり、1960年代~70年代の雰囲気を帯びたヒッピー系の人が住んでいたり、というイメージが強かったです。実際僕が引っ越して来た当時も、まだそのような空気がありました。

 

しかし最近は、老朽化した商店街の安いテナント料に目をつけて前出のようにオシャレな古着屋さんや美容室が次々とオープンしたり、いかにも女性を惹きつけそうなスイーツを出す可愛らしいカフェや雑貨屋さんがオープンしたりと、様変わりして行きました。

 

前出の「ファスト風土化する日本」の著者の三浦展さんも高円寺には特別な思い入れがあるようで、2010年にはこんな本まで出版しています。

 

高円寺 東京新女子街

 

確かに、ある時期から女性向けの洋品店やカフェが急激に増え、街にも若い女性の姿が増えた気がします。

 

日曜日になると商店街で開かれるフリーマーケット

 

 

 

 

 

こちらは毎年ゴールデンウィークに開催される大道芸祭の様子。JR高円寺駅半径約1キロがすべてステージとなり、全国からパフォーマーが訪れます

 

 

ちょっとした路地裏なんかも絵になります

 

 

こちらは2009年にオープンした杉並区立芸術劇場、通称「座・高円寺」

 

あと、東日本大震災以降は防災意識の高まりから、古い木造アパートの建て替えが加速し、跡地に若い人が好みそうなデザイナーズマンションが建つなど、かつての無骨な男性的イメージの街から様変わりしてきています。

 

僕は、どちらの高円寺もとても好きですけどね。

 

そして、僕もこれまで出生地である宇都宮市に3年、千葉県の松戸市に9年、柏市に10年住んでおり、いよいよ高円寺が人生の中で最も長く住んだ街になります。他の3つの街と違い、自分の意志で選んで住んだ街ということもあって、思い入れも強いですね。

 

皆さんも、ぜひ高円寺まで遊びに来てください。また、上京をお考えの方は高円寺に住まわれることをオススメします!