3.11に思うこと-根性・気分・印象論の愚かさと危険性に気付いたとき

 

どうも、英司です。
今年も3月11日が近づいて参りましたので、タイトル通り3.11がこの国や私たちの生活にもたらしたものについて考えてみたいと思います。

 

被災された方々や犠牲になられた方々にはお見舞申し上げます。ただ、今回のエントリーはあくまであの震災を東京で経験し、それから7年後の社会に生きる一日本人という座標からの視点となりますこと、ご了承ください。

 

 

あの震災が知らしめた「集団ヒステリー」の恐怖

 

2011年3月11日―。

 

あの瞬間に大きな揺れと津波がすべてを奪い、被災地はもちろんのこと、日本のあらゆる地域において多くの人が大変な恐怖感を抱いた出来事であったと思います。

 

原子力発電所の事故も発生し、街からは一定期間食料品がなくなるなど、既に世界でも有数の豊かな国となった時点の日本に生まれた私たちの世代にとって、初めて体験する「エネルギー不足」「食料不足」は、何か得体の知れない不安感をもたらすものでした。

 

原発事故発生当時は、憶測の域を出ない情報や悪質なデマなども錯綜し、大変な混乱を来していました。食料に関しても、都内での食料品の供給総量は十分であったにもかかわらず買い占めが殺到し店頭から生活必需品が消滅。憶測が憶測を呼び、噂に尾ひれがつき…今思えば本当に混乱していたな、と思い出されます。

 

そして、電力供給が逼迫するのは平日の昼間、と再三に渡って言われているのに、なぜか銀行ATMやコンビニが「電力不足」を理由に夜間の営業を自粛

 

ほんの先月まで「PM2.5が心配」と、中国産の食品を一切買わなかった人たちが、今度は「日本の土壌と空気は既に汚染されている」と、こぞって中国産の野菜を買い占め、無関係なイベント事業が次々と自粛に追い込まれるなど、2011年からしばらくの間は少し「異常」な空気が漂っていました。

 

自分も含め、この国が全体的に「集団ヒステリー」状態に置かれていたのではないかと思います。もしくは、「不謹慎だ!」という(的外れな・無関係な人からの)クレームに、企業も個人も過度に配慮し過ぎていたのかもしれません。

 

冷静さを取り戻し、同時に得た教訓

 

2011年という年には、私も暗い思い出しかありません。個人的に何かあったわけではありませんが、社会が全体的にとても陰鬱で、お花見やBBQ、海水浴など、「毎年普通にやっていたこと」をやるにも「申し訳なさそう」にやらないといけない、もしくは下手をすると、そういう楽しそうなことをしているとどこか知らないところから非難されそうな空気が漂っており、いずれにせよあんなストレスフルな状況は、誰もそうそう長く続けられなかったと思います。

 

今風(2018年現在)な言い方をすると、「日本のポリティカルコレクトネスが最高潮になった年」だったと言えると思います。

 

震災から1年ちょっとが経過し、ちょうどロンドンオリンピックが近付いて来たあたりの頃から、感傷的なムードは次第に薄れて行ったと記憶しています。

 

この辺りから、震災当時を振り返り、行き過ぎた自粛や配慮によって経済が停滞したことに関し「ああいった行動は適切でなかったかもしれない」という声が企業からも個人からも聞かれるようになって来て、次第に社会全体に冷静さと以前のような活気が戻って来たと思います。

 

私個人も、この自粛ムードから冷静に戻るまでの経過を一通り経験したことで、非常に重要な教訓を得たのではないかと実感しています。

 

これらの出来事を通して、私は世の中や社会制度、政治、経済における自分なりの座標を得ることができたのではないかと振り返ります。その座標とは「『科学』は『気分』よりも重んじられるべきだ」という視点です。

 

原発事故と築地市場の豊洲移転問題の共通点

 

原子力のリスクを甘く見て来た歴代の政権、原発事故時に適切な対応をできずに被害を拡大させた政府や当時の政権を批判する自由はありますし、誰でも自由に主張して良いと思います。

 

私も、資源に乏しく、海に囲まれて電力の輸入が不可能な国土に1億2千万人以上もの人が住む日本という国において、原子力の有効活用により得られる利便性とリスクをしっかり天秤にかける議論はなされるべきだと思います。

 

しかし、殊にこの手の議論になると「0.00001%でもリスクがあるのなら、100の恩恵も放棄すべきだ」という議論に持って行きがちな人が一定数います。

 

しかもそれを政権批判や大企業・財界批判と言った「階級闘争」の文脈に引き込む論調も根強く存在し、あの事故をきっかけとして「原子力の有効活用とそのリスクを天秤にかけ、具体的に何をどの程度利用/抑制していくのか」という建設的な議論になり得なかったことはとても残念です。

 

現在、東京の大気はもちろん、東北地方の大気・農地においても基準値を超える放射能は検出されておらず、権威ある科学者や研究者たちによってもその結果は保証されています。

 

しかしそれでも陰謀論を唱え、なんとか政府や財界への批判の材料にしようと躍起になる人たちがいます。そのような論理が被災地の農業や漁業への構造的差別を産んでいることにも無自覚なまま、「科学」よりも自分の「気分」や「印象」が正しいかのような主張です。

 

これは2016年の都知事選、2017年の都議会選でも争点になった築地市場の豊洲移転の議論もまったく同じ構造でした。

 

数多の科学者が安全宣言を出しているにもかかわらず、「『安全』であっても『安心』ではない」という意味不明な感情論を持ち出して延々と移転を遅らせ、入居予定の業者は施設の維持費に莫大な経費を支払う羽目になり、その経費の一部を都民の血税で補填するということがここ2年の間に起きていました。

 

この豊洲移転に関する右往左往を見ていると、私たちは2011年のあの混乱から一体何を学んだのか、何の教訓を得たのかと、一都民として悲しい気持ちになったものです。

 

風評や気分に「科学」が負けることは許されない

 

何でもかんでも「科学的根拠」を理由に物事を考えていたら、とても無機質で冷たい社会になってしまう、という主張もあります。

 

それはその通りだと思いますが、私はルールや意思決定のプロセスには「原則」と「例外」が必ず存在し、新たなルールや意思決定プロセスをつくる際には絶対に「原則」からつくらなければならないと考えています。

 

私も「情緒」「印象」「気持ち」と言った要素は完全に排除されるべきものとは考えていません。しかしそれは「例外事案として考慮の余地があるもの」であり、あくまで原則は「科学的根拠」を中心に設計されなければならないと考えます。

 

科学的根拠よりも、時の元首や首長、為政者といった権力者の「気分」や「感情」が優先される(もしくはその科学さえも権力に屈して結果が歪曲される)独裁国家が、どんなに悲惨で荒廃した状況であるか?

 

先進的な医療技術を排除し、未だに黒魔術を信じている国や社会の平均寿命や生活者の健康状態はどんなものか?

 

これらを少し考えれば「科学的根拠をベースにした規範づくりや意思決定」というものが、どれだけ社会の安定と生活者の幸福度の向上に寄与する合理的なものであるかがわかると思います。

 

このように、「科学が示し出す客観的事実」には、権力者の暴走や権力の乱用を抑制する役割もあるのです。そして今、日本を含め先進国と呼ばれる国々は、こうした「科学的根拠を元にルールを作り、どんなに権力を持った人間であってもそのルールに従わなければならないという原理=法治国家」という枠組みを世界に先駆けて早くに採用したために、ここまでの繁栄を実現したわけです。

 

そのため「科学」が風評や時の権力者の気分、印象、根拠なき根性論や美談に負けるというのは、とても恥ずかしいことだと思います。

 

それでもまだ、改善されつつある

 

先ほど「豊洲移転の右往左往でガッカリした」と申し上げましたが、それでもまだ、あの震災等を通して以前よりはこうした傾向はかなりマシになったとも感じています。

 

私が10代の頃など、当時全国的に中学生による犯罪事件やいじめを苦にした自殺がテレビや新聞等のマスコミでセンセーショナルにクローズアップされていました。

 

そうした風潮の中で、教育評論家を名乗る人間や警察OBでさえ「近年、少年による凶悪犯罪が増加している」「日本人の自殺率は増える一方」と言った趣旨の発言を堂々とテレビで行っており、視聴者もそれを何の疑いもなく完全に信じていた時代がありました。

 

実際には、日本における少年凶悪犯罪の件数、自殺率ともに1958年をピークに概ね減少を続けており、このような「昔は良かった論」は科学的根拠も実証的データも存在しない、年配者による「印象論」でしかないことが明らかになってきています。

 

今では迂闊にこうした発言をする「評論家」は随分と減りました。それは、専門家や研究者でなくともインターネットを通して簡単に省庁やそれに準ずる機関の発表する科学的データに誰でもアクセスできるようになったことも大きく影響しているでしょう。

 

そして、震災時の錯綜した情報、「気分」や「印象」に振り回されるという体験を多くの人が経験したことで、情報の選択眼がより研ぎ澄まされたことも無関係ではないと思います。

 

震災も原発事故もそれ自体は悲劇であり、できれば二度と起きて欲しくはありません。しかし、これらのことから得られる教訓はとてもたくさんあることを知ることもできました。