LGBTにも子供を持つ選択肢は開かれるべき しかし…

 

どうも、英司です。まだまだ寒い日が続き、インフルエンザが大流行中の昨今ですがいかがお過ごしでしょうか。

 

私の方は先週、母方の祖母の法事のため兵庫に行っておりまして、そのまま有給も使い、帰り道の京都にて2泊ほどして来ました。久々の京都はとても良かったですね。心あらわれる気持ちで、2019年もようやくエンジンがかかってきました(遅い)

 

そんなわけで今日のテーマ

 

子供ができることはめでたいこと…だけど?

 

 

先日、BuzzFeed Newsにて下記のような記事が発表されました。

 

ゲイとトランスジェンダーと母と子 新しいファミリーが生まれた

 

トランスジェンダーのLGBT活動家、杉山文野さんとそのパートナーの間に、ゲイのLGBT活動家である松中権さんの精子提供で子供を授かり、今後は3人で子供を育てて行く、という内容です。

 

記事内で、杉山さんは下記のように述べています。

 

「結婚して子供を作らないと幸せになれないわけじゃない。でも、LGBTだからという理由で、子供を持つという選択肢が自分たちにはないと、いけないことだと思い込まされるのはもったいない」

 

私はこちらの主張には明確に賛成という立場です。出自や基本属性に関係なく、個人の意思や選択が尊重されるような社会が理想的な社会であると、何度かこちらのブログでも述べてきました。

 

何より、お子さんが生まれることはいかなる家庭であってもおめでたいことで、新しく誕生した生命、どうか幸せに育つことを願っています。

 

しかし一方で、BuzzFeedの記事の論調には(いつものことですが)違和感を抱いたのも事実です。

 

この話に意見する人はみんな差別主義者?

 

当然、このニュースが発表された時、様々な意見が出てきました。素直にお祝いをする人もいれば、いくつかの点で懸念を表明する人もいました。

 

そして、懸念を表明した人に対して、「あなたはLGBTの人権を制限する差別主義者だ」という、LGBT活動家やその支持者による批判が飛び交う、という、いつもの光景が繰り広げられました。

 

また、私はこの話を「LGBTが子供を持つことに賛成?反対?」という話に単純化・矮小化すべきではないと思います。何か意見する人を「伝統的家族観を持つ封建主義者」と決めつけることも好ましいとは思えません。

 

普段、「議論」や「対話」を重んじたい、という方々ほど相手の主張を咀嚼せず、反射的にこのようにリアクションを取ることは、やはり残念に思います。

 

私が抱いた「違和感」と「懸念」

 

 

最初に言っておきますが、前述の通り、私はLGBTのイシューに限らず人の生き方の選択肢が増えることには概ね賛成です。

 

杉山さんや松中さんの仰ることもわかります。ただ、この話(に限りませんが)を無批判に美談化するばかりのBuzzFeedの論調には疑問があります。

 

本記事の中には、「生まれて来る子供の意思」に対する言及が一切ないのはすごく気になりました。これを言うとまた反射的に「お前はLGBTの子供は不幸になるとでも言いたいのか!この差別主義者!」と仰る方もおりますが、まぁ最後まで落ち着いて聞いてください。

 

私は先程「出自や基本属性に関係なく、個人の意思や選択が尊重されるような社会が理想的な社会」と申し上げました。

 

しかしながら、本記事にてお子さんの写真まで掲載し、新しく生まれた子の「出自」を親によって大々的にカミングアウトされてしまっていることに、やはり懸念を抱きました。

 

どのような親から生まれたか、どのような環境で育ったかというのは、高度なプライバシー情報であって、その情報の公開の是非に関してはお子さんご本人の意思が尊重されるべきなのではないか、という疑問が残ります。

 

この話が同性婚の成立を求める運動や差別禁止法の制定を求める運動と決定的に違う点は、この話の「当事者」には、生まれてくる子供も含まれるという配慮が必要という点だと思います。

 

ましてや、親が自分たちの主張のためにその子供の出自や顔姿を大々的に公表する、ということに関しては、せめてお子さんが自身の意思でその是非を判断できる年齢に達してから行うべきではないか、と考えます。

 

「私は幸せ」としか言えない?

 

今どき、シングルマザー/ファザーや、子供がそれなりの年齢になってからの離婚など、あまり珍しいことではないですし、家族のあり方は一昔前に比べて実に「多様」になりました。

 

しかし、そういった出自の子供に対し、「あなたは今の親御さんに満足ですか?幸せですか?」なんて聞くことは少ないでしょう。

 

一方、BuzzFeedやハフィントンポストに代表される、LGBT礼賛型のメディアに関しては、今後もこのお子さんに対し事あるごとに取材を行い、「LGBTの親を持って幸せですか?」と聞いて回ることが容易に予測できます。

 

もちろん、その度にこのお子さんが心から「幸せです」と答えられることを願います。しかし、親御さんがその記事を読むことを前提に、親御さんのお友達記者からそんなことを聞かれて、親以外に頼ることのできない小さなお子さんが、「本心を言うと、今の親には不満がある」なんて言えるでしょうか。

 

(少数ではありますが、既にLGBTで子育てをしている人はおりますが)「大々的に公表された初のLGBTの子供」として、「今の両親の元に生まれて幸せです」と世間に発信することを運命付けられてしまっているような気もします。

 

ノンケだって「今の両親の元に生まれて良かった」なんて100%言える人なんてそうそういないと思います。幸せそうに見えても親子間ではいろいろあったり、何十年間も一緒にいたりすると、ムカつくことの1つや2つあるのが当然です。

 

私だって、両親は特段裕福ではなくとも、日本で「中流」と呼ばれる生活環境は築き、頻繁に贅沢はできないものの特に衣食住において不自由もない子供時代を過ごせたことに関しては、とても感謝しています。

 

しかし、今でも実家に帰ると、何かにつけて一言多い母親にイラつくことはしょっちゅうですし、今でさえそれが原因で姉と母はよく喧嘩をしています(笑)
昭和の猛烈社員であまり家庭を顧みなかった父に関しても、いろいろ不満はあります。思春期の男の子の例に漏れず私にも反抗期がありましたし、その当時は両親と3ヵ月近く口を聞かないなんてこともよくあったものです。

 

しかしそんな時期も経て、「いろいろあったけどウチの両親は家族を守るために本当に頑張って来たと思うし、なんだかんだ言ってこれで良かったかな」なんて思えるようになるには、25年も26年もかかりました(私が不出来なだけかもしれませんが・笑)。

 

誰もが自分の意思で生きられる社会

 

前回のブログに通じるものもありますが、結局のところ私にとって理想と考える社会は「誰もが自分の意思で生きられる社会」、これに尽きるのだと思います。

 

出自や生まれ、(セクシュアリティを含む)基本属性によって選択肢や挑戦するチャンスが制限されない社会、意思が尊重される機会が制限されない社会が理想だと思います。

 

その中で、今回のように「親の主張」と「子の自由」が相反してしまうことも起きるかもしれません。以前、このようなことをツイッターで発言した時「親の幸せは子供にとっても幸せなものですよ。子供も、『親が幸せならそれで良い』って思ってくれるはずです」なんてリプライをいただきました。敢えて強い表現をしますが、そんな綺麗ごとで子育てはできないと思います。親になる以上、子の幸せを第一に考えなければならない覚悟は必要だと思います。

 

また、今回のような場合、親の扶養を離れるまでは取材等を受けても自由な発言が制限されることが予測されるため、私としては他の権利獲得運動の延長線として取り組むべき話ではなく、お子さんのプライバシーに関してはもっと慎重であるべきではないかと考えました。

 

せめてBuzzFeedやハフィントンポストのようなメディアが、ことあるごとにお子さんに対して執拗な取材を行い、自分たちの欲しい答えを無理に答えさせるようなことがないことを願いつつ、幸せに育っていくことを願います。

 

いろいろと偉そうに論じてしまいましたが、ともあれ、新しい生命の誕生に祝意を送りたいと思います。おめでとうございます。どうか元気に育ってください。