台湾はなぜアジア最大のLGBTパレードを開催できるのか

連続する台風も去り、すっかり秋めいて来ましたが皆様いかがお過ごしでしょうか。行楽シーズンの到来ということもあり、アクティブに活動されている方、読書の秋、芸術の秋ということで知的な趣味を楽しまれている方など、いろいろでしょう。

 

ゲイにとって秋の祭典のひとつと言えば…

 

そして私たちゲイにとって秋の大きな祭典と言えば、毎年台湾の首都・台北で開催されるLGBTによるパレード『台灣同志遊行』ですね。行ったことがある人もいらっしゃるでしょうし、行ったことがない人でも聞いたことはあるという人も多いでしょう。

 

なぜ日本でも台北のパレードが有名かと言うと、日本から近い場所にあるということはもちろんですが、実は台北の台灣同志遊行は、アジア最大のパレードだからなのです。

 

 

アジアには13億の人口を抱える中国や1億3,000万人の日本、2億5,000万人のインドネシアなど、たくさんの人口を抱える国がたくさんあります。その中でも、人口約2,500万人、国土面積にして日本の九州地方よりやや大きいくらいの島国である台湾が、アジアのLGBTに対してここまでのインパクトを与えるイベントを開催できるのは、一体なぜでしょうか。

 

今回は、台湾の歴史や社会事情を交えながら、筆者なりにその理由を分析していきたいと思います。

 

台湾に住む人々の意識は、その歴史によって作られていた

 

2014年に台湾の研究機関である「国立政治大学選挙研究センター」が行った、台湾の人々を対象にした意識調査の結果が発表されました。その結果、自分を「台湾人だ」と答えた人の割合が過去最高を記録したそうです。

 

この質問、事情を知らない人にとってはよく意味のわからない質問に聞こえますが、このような質問が成立してしまうことこそ、台湾がたどった数奇な運命を物語っています。

 

台湾島はかつて、16世紀頃にポルトガル人によって「発見」され、その後オランダとスペインに分割統治された後、清王朝によって清の一地域となります。しかし、清王朝は台湾島を「化外の地」、つまり中華文明の外にある地域と位置づけており、清による積極的な統治は行われていませんでした。

 

時代は進み19世紀末、日清戦争の末に台湾島は清から日本に割譲されます。しかし1945年、日本の敗戦に伴い日本軍や日本政府関係者は撤退。ここで一瞬、権力に空白期間が発生し、一部で台湾は民主国家として独立しようではないか、という機運が高まったそうです。

 

一方その頃、海峡を挟んだ向こう側にある中国大陸では、大陸を統治する唯一の合法的な政府である「中華民国」が、共産主義ゲリラ軍との激しい戦いを強いられていました。これが「中華民国」を標榜する国民党軍と「中華人民共和国」を標榜する共産党軍による内戦、いわゆる「国共内戦」です。

 

この内戦により、共産党軍は勢力を拡大。地方都市を中心に中国各地が次々と共産党軍の支配下に置かれるようになり、窮地に陥った国民党軍と国民党政府は大陸を脱出。海峡を挟んだ対岸にある台湾島に逃れ、中国大陸では中国共産党が「中華人民共和国」の建国を宣言。

 

一方、台湾島に逃れた国民党は、台北を臨時首都(※)と改め、多くの国民党関係者が台湾へ移住。台湾の人々は、国民党・中華民国という新たな権力の支配下に置かれることになったのです。

 

※この時、国民党政府は大陸の奪還を諦めておらず、いずれ台湾島を含む中国大陸の全土を手中に収めることを計画していたため、台北を「臨時首都」としていたそう。

 

「あなたの祖国はどこですか?」

 

こうした背景から、台湾に暮らす人々の中には様々な歴史認識が存在します。個々人の歴史認識によって「あなたの祖国はどこですか?」という質問に対し、下記のように様々な見解や立場が存在する事態が発生しました。

 

  • ここは中華民国であり、私は中国人である
  • ここは台湾であり、私は台湾人である
  • ここは中華民国の台湾であり、私は中国人でもあり、台湾人でもある

 

私たちは「あなたの祖国は?」と聞かれたら、何も迷うこともなく「日本」と答えるでしょう。しかし台湾の人々にとっては、この質問は簡単に答えられるものではないのです。

 

アイデンティティの決定を迫られる台湾の人々

 

学校に入れば、当然自国の歴史や公民を学ぶこととなります。その際、そこで学ぶ歴史を通じて「自分は何人(なにじん)であるか?」という、自己の存在の根幹に関わる問題に向き合うこととなります。

 

最初に学校の社会の授業で歴史や公民を学ぶのは、ちょうど思春期や青春期だと思います。人格形成における非常に重要な時期に、「自分は何者であるか?」という自分自身の根本的なアイデンティティに関わる問いの答えを選択せざるを得なくなります。

 

アイデンティティに関する議論に慣れている台湾の人々

 

筆者も大学生の頃、台湾の地誌研究をしている先生の授業を受講していました。その授業の際に見た台湾のドキュメンタリー番組のビデオが印象的で、今でも覚えています。

 

そのドキュメンタリー番組の内容は、選挙を控え、次の選挙で初めて投票に行く大学生の娘とその父が、自分は台湾の歴史についてどう思うか、そして自分は何人(なにじん)であるかということについて、食卓を囲みながら実にカジュアルに議論をしているものでした。

 

あくまでテレビ番組を録画したものですので、多少の脚色や演出も入っていると思いますし、それをもって台湾人一般を語ることができるわけではありませんが、例えば日本では、親子であっても投票先は隠しておくのが当たり前ですし、ましてや食事中に選挙の話を始める家庭というのもあまりないでしょう。

 

しかし彼らは、「自分は何人(なにじん)であるか」という身近な意識を切り口にした途端、自分の国の政治と、自分の生き方や人生とが一気に関連性を持つものとなり、自然と議論が始まると言った印象でした。

 

これは、セクシュアリティの問題にも通じるものがあります。

我々も自分自身のことを同性愛者/両性愛者である、ないしはトランスジェンダー等であると認めた場合、その後の生き方やライフスタイルに少なからぬ変化が生じます。つまり、セクシュアリティの問題も、自身のアイデンティティに深く関わる問題です。

 

ストレートの人々が異性に興味を持ち始める思春期の頃、同性に興味が出てきて苦しんだり、身体つきが男らしく、女らしくなっていくことに違和感や恐怖を覚え、自分のアイデンティティについて悩んだりするLGBT特有の苦悩も、つまりは「自分は何者であるか?」という問題であり、台湾社会が抱える「自分は何人(なにじん)であるか?」というアイデンティティの問題と一部重なるところがあると考えられます。

 

ですので、こうした「アイデンティティに関する問題」に関して、その苦悩について他の国の人たちよりはストレートの人たちにも共感を得やすい土壌が台湾にはあり、LGBT当事者やその支援者も積極的に情報を発信し、台灣同志遊行のような祭典にも積極的に参加しているのではないでしょうか。

 

その国のLGBTが抱えるバックグラウンドはさまざま

 

このように、LGBTを取り巻く問題はそれ自体が独立して存在しているわけではなく、その国が辿った歴史的背景や国民性、宗教、経済状況など、さまざまな要因が幾重にも重なり合って形成されていると考えられます。

 

殊更LGBTの問題のみにスポットを当てた議論や、欧米で実践されている運動をそのまま「輸入」するような議論ではなく、あらゆる要因と要因との相関関係を紐解くところから議論をスタートさせることが肝要であると筆者は考えます。