東京オリンピックがもたらすもの

社会
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どうも、英司です。9月に入った途端、季節はすっかり秋になってしまいましたね。今年はものすごく猛暑日が多かった夏だったのに、なんという変容ぶり。

 

そんな夏も終わって、9月に入ってビッグニュースが飛び込んできましたね。
みなさんもご存じの通り…

 

2020年のオリンピック開催地が東京に決定!!

 

 

日本の招致チームの最終プレゼンを見ましたけど、実にすばらしかったです。控えめな性格の人が多い日本人は、元来大勢の観衆を目の前にしたプレゼンテーションは苦手と言われてきました。しかしそれぞれの立場から行ったプレゼンテーションは実に爽やか且つ明快で、かと言って過剰に主張し過ぎない、日本人らしい上品さのあるプレゼンテーションだったと思います。

 

中でも印象的だったのはやはりパラリンピック選手の佐藤真海さんのスピーチでした。現役アスリートとして、ハンディキャップを抱えた一人の人として、東日本大震災の被災者として…。幾重もの重複した立場を経験したからこそ溢れ出てくる気持ち、だからこそどうしても東京で五輪・パラリンピックを開きたいという思いがあふれ出ていて、とても感動しました。

 

もちろんこの招致活動にはプレゼンターだけでなく、地道なロビー活動をしてきた人たち、世界中で活躍する日本のアスリートの皆さん、地道で緻密な計画を練ってきた関係者や専門家の皆さんなど、本当に多くの人たちが力を合わせた結果だと思います。

 

また、前回の東京オリンピックが開かれた1964年とはずっと社会や国の状況は違います。僕は正直言って2016年の招致活動はすごく冷めた目で見ていたし、震災のあった2011年以降も招致活動での大震災と絡めたスピーチや広報活動にはどうも違和感を覚えていました。

 

しかも1964年の東京がそうであったように、オリンピックというのは基本的に新興国や途上国のインフラ整備の一つの時期的区切りとして利用されている側面も強いと思っていたので、今さら東京で開催する理由が特に見つかりませんでした。招致反対とまではいかないまでも、どっちでも良い、無関心な部類に入っていました。

 

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しかしながら、2012年のロンドンオリンピックを見たあたりから気持ちは変わっていきました。(こう言っては失礼かもしれませんが・笑)北京オリンピックやサッカーW杯南アフリカ大会などは、開催直前まで「本当に大丈夫?」みたいな論調が強かったし、実際にも工期の進行が懸念されたりしていた場面もありました。

 

ロンドンオリンピックに関してはそういった懸念はほとんど聞かれず、緻密な計画、着実なインフラ整備、何より今回の東京の計画と同様ロンドン市内に競技施設を集中させたコンパクトな設計など、成熟した都市が行う洗練されたスマートなオリンピックというのもなかなか良いな、という気持ちになりました。

 

それにやはり震災以降初のオリンピックで日本選手団は史上最多のメダルを獲得したこと。そのことがどれだけの精神的効果を生み出したかを目の当たりにしたこと。これも大きかったです。

 

震災以降に目に触れるものは、どうも感傷的な雰囲気が漂うものや、原発関連のことに関しては暗いニュースばかりでしたが、僕が感じた印象としては2012年の夏を境に見聞きする広告や招致賛成派の声などが、震災に掛けた感傷的な発言から「希望」とか「夢」を語るようなものになったり、スポーツが生む感動を世界に発信したいという前向きな内容へと変化して行ったように思います。

 

オリンピックが生む経済的効果の話はよくされますが、それと同じくらい精神的な効果というのも大きなものがあるなと感じています。

 

昨日、仲の良い友人たちと仕事終わりに食事をしていました。その時にやはり東京オリンピックの話題が出ました。好きなスポーツや選手の話はもちろんのことですが、7年後の2020年、自分は何歳だ。とか、7年後に自分はどこで何をしているんだろう。という話になりました。

 

このことがすごく大事なことなんだと思います。

 

僕なんかは日々、東京の慌ただしい時間感覚に振り回され、会社では日々の業務に追われ、目先の締切や数か月先の会社の状況を考えるのがやっと。

 

プライベートでも週末の予定や数か月先の旅行の計画とかを楽しみに生きているようなしょうもない人間だし、せいぜい具体的な想像のつく未来なんて1年以内くらい。

 

コンサル会社主催のトレーニングなんかでは「10年後の未来、あなたはどんな風になっていたいですか?」なんてことをよくやりますが、正直言って10年後のことなんてわからないし、社会の状況だってどうなっているんだか…。

 

だけどひとたび自分の住む街で7年後にオリンピックが開催されるとなると、誰から言われるまでもなく7年後の自分の年齢を数え、その時に何をしているのかを想像しました。友達たちとの飲みの席でさえ7年後の話で盛り上がるくらいです。

 

若さと外見ばかりが強調されがちなゲイの世界にあっては、数年先の話になると大抵「その頃には外見も劣化して体力も落ちて…」みたいなことを言い出す人が必ずいるんですが(笑)、オリンピックの話題で7年後の話になるととにかく明るい話題ばかり。

 

「何の試合が見たい?」とか、「これから7年間は仕事忙しくなるね~」とか「鉄道や道路が今より整って、東京もずっと便利になるね」とか。

 

未来に対して明るいイメージを持つこと。

 

このことを久しく忘れていたのではないかな、と思います。

 

いや、むしろ、僕や僕と同年代の世代の人たちにとっては「未来に対して明るいイメージを持つこと」自体、もしかするとあまり経験すらしていないかもしれません。

 

1985年生まれの僕は、物心が付く頃には既にバブルは崩壊。日本が先の見えない大不況の時代への突入していきます。小・中学生を過ごした90年代という時代に起きたことと言えば、地下鉄サリン事件、阪神・淡路大震災を始め、酒鬼薔薇聖斗事件、中学生のいじめを苦にした自殺が相次ぐなど、社会全体が暗く荒廃した雰囲気だったし、自分と同年代の子たちが人殺しをしたり自殺をするなど、とてもじゃないけど将来に明るいイメージなど抱ける雰囲気ではなかったと思います。

 

もしかすると、そんな自分たちの世代にとっては、世の中全体で明るい未来を想像できる初めての機会なのかもしれません。

 

最近のオリンピックはメダルの数や豪華さばかりが取り上げられる傾向が強いですが、普通の市民へのこうした効果もとても大切なことなのではないでしょうか。

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