はじめに 「陽のあたる場所へ―A PLACE IN THE SUN―」について

はじめまして、英司と申します。

 

今回は第1回ということもあり、ざっくばらんに今後書いて行きたいテーマにも関連するような自己紹介をしたいと思います。

 

わたくし英司は、首都圏郊外の核家族で育った1985年生まれ。恐らくバブル崩壊の頃に物心がつき、思春期・青春期の大半を「失われた20年」「平成大不況」の日本社会の中で暮らしてきました。記憶にある時から日本はずーっと不景気でした(笑)。いや、笑えない…。

 

今思えば元気のない社会からの現実逃避!?中高時代は演劇部に入っていて、バイトに部活に忙しい毎日。そしてなんとか入学できた大学では自主制作映画サークルに所属。

 

そんな大学時代は社会学部に在籍しており、最初はなんとなくアートやカルチャーの勉強ができると思って社会学部を選んだものの、次第に興味の方向は自分の育った’90年代に凶悪事件が多発し、マスメディア等が“病理の現場”として扱ってきた「郊外」の成立の歴史に興味を持ちはじめました。気付けば一当事者としてこれらの問題考えるようになっており、都市社会学を勉強をしたり、将来のことを考えPRや世論調査・社会調査などを専攻して卒業しました。

 

卒業した後は広告会社入社。営業職や渉外職を経験した後に転職し、現在は広報PR・WEBマーケティング関連の仕事をしています。昔から小劇団やストリートパフォーマンスの盛んな中央線カルチャーに興味があったので、現在は東京・高円寺に暮らしています。そんでもってゲイです。

「ゲイって!!何を唐突に!!」とお思いの読者さんもいらっしゃるかもしれませんが、このブログで日常のことを書く上で実はこれは大きな要素の1つとなります。

 

都市や郊外のこと、’90年代育ち世代のことや高円寺のことなど、これからいろんなことを書いて行きたいと思っていますが、まず今日はちょっとばかりセクシュアリティのことを中心とした自己紹介をしたいと思います。

 

ゲイは何かと大変!?

 

「大変か?大変ではないか?」
育った環境やその人の気質などの個人差がある問題ですが、やはり「不便さ」があるのは正直なところかと思います。

 

単純に1番わかりやすいところで言えば、2011年現在の日本で、僕たち同性愛者には男女のようにパートナーと結婚する権利がありません。日本には差別を禁止する法律もありませんね。(だから政治家や行政職など責任のある立場の人でも軽々しく不用意な発言をしてしまうのですが・・・)

 

今ではゲイの友達も多く、週末はゲイタウンやイベントに遊びに行ったりしている僕も、思春期・青春期の頃は近くに同性愛者であることを公表している人がいなくて、いたとしても同性愛者なんてテレビでお笑いのネタにされるような人ばかりでした。

 

「自分はこんなんじゃない!!」

 

と自分で自分のセクシュアリティが認められずにいました。学校の友達は次第に女の子に興味を持ち始め、やっぱり自分は“普通じゃない”と・・・すごく孤独で、なんだか取り残されたような孤独感に苛まれてきた過去があります。

 

しかし僕は、「セクシュアリティ」が引き起こす問題はそれ自体が単体で存在するわけではなく、その時代に普遍的な問題やその人個人の性格や感じ方など、さまざまなものが絡み合って起きるものだと考えています。

 

 

「時代に普遍的な問題」と言って僕が最初に思い浮かぶのは、やはり雇用の問題です。僕の行きてきた人生のほとんどが「不景気」であり「就職難」の時代でした。最初に勤めた広告会社で求人領域の広告を扱っていたことも影響していると思いますが、非正規雇用の問題や、働いてもスキルの構築や賃金カーブが望めないワーキングプアの問題など、同性愛者だけではなく、同時代を生きる若者一般が抱える問題にも興味を持っています。

 

非正規雇用の問題になると大まかに言って「自己責任論者」と「規制強化論者」がやや過激にバトルしがちでいろいろな問題を取りこぼしがちになってしまっているように思うのですが、大前提の事実として「雇用」の問題はそのまま「貧困」に繋がっていきます。セクシュアリティに絡めるとするなら、僕が思うに、地方の保守的な価値観とゲイライフを謳歌できる生活スタイルというのは、どうしても相容れない部分が多く、ゲイは比較的都会志向の強い人が多いように見えます。

 

都会の自由な生活を獲得するためには、ほとんどの場合「経済的な自立」が要求されます。「都会の自立した大人の生活」なんて聞こえはいいけど、常に孤独がつき物で、しかもお金だってかかります。激しい競争社会で勝ち続けなければなりません。

 

別に特別にゴージャスな生活が送れる必要はなくとも、都会でもそれなりに安定した暮らしを送れる仕事に就くことができるかどうかという点は、ゲイにとっては割と死活問題でもあったりするわけで、社会全体として「都会生活が継続できるほどの安定した収入が確保できる仕事」の数が今のようにどんどん減ってしまっている状態の昨今は、ゲイコミュニティやゲイマネーにも大打撃だと思います。

 

他にも、NHKスペシャルを皮切りに広まった「無縁社会」の問題もあります。(ちなみにこの「無縁社会」の問題についてはゲイコミュニティの一部ではNHKよりも一足先に問題視されていた向きはありました。)

 

自分のアイデンティティは何も「同性愛者であること」だけでなく、それは「日本人」ということであったり、「郊外生まれの都市生活者」であることだったり、「’80年代生まれミレニアル世代」であることだったり、「働く若者」であることだったりと、誰もが非常にマージナルに円が重なり合った場所に立っているわけで、そこに僕の場合「同性愛者」というあまり多くの人が持ち得ない領域を持っていて、あくまで「アイデンティティの一部」としてこのセクシュアリティを内包しながら自分の生きる社会を観察しています。

そういう意味もあり、自分なりの視点で社会や日常のことを記録していければと思い、このブログを敢えてカミングアウトをした上で始めようと思いました。

 

現代社会の問題を置き去りにすることと、セクシュアリティの問題がどんな繋がりを持っているのかなどのテーマも時々は取り扱っていければと思います。

 

おっと!!

 

あんまり暗い話ばかりしていても仕方ありませんね。

 

それでもやっぱりゲイって楽しい!?

 

もちろん、ゲイとして「あ~、自分って得してるなぁ!」と思う部分もたくさんあります。
しかもそれは、高校生の時よりも大学生の時、大学生の時よりも社会人としての今、と言った具合に、年齢や人生経験が増えるにつれてそう思う機会は増えてきているように思います。

 

例えば1番身近なところで言えば、いろいろな職種・業種の人と交流が持てること。
少し世代の離れた方とも、セクシュアリティという共通点を持ってすれば意外と仲良くなれてしまうこともあります。

 

毎年、だいたい同世代のゲイ仲間たちとは恒例行事となっているお花見や海やBBQはもちろん、週末のクラブイベント、新宿2丁目などの行きつけのゲイバー、大人数でのホームパーティなど、大人になるといろんな場所でいろんなゲイの人とお友達になります。
その度に驚かされるのは、その場にいる人たちの職種・業種の多様さです。

 

普段仕事をしていると、どうしても同じ会社の人や同じ業界の人とのありきたりな話に終始しがち。
しかしゲイ同士で集まると右隣に座っている彼は医療関係の仕事をしていて、左隣に座っている彼はIT関係、向かいの彼はアパレル関係で、斜め向かいの彼は・・・と言った状態になるのは日常茶飯事。違う業界の人との話にはとても新鮮な発見もあって、それをわざわざ「異業種交流会」などと銘打たなくても自然とそんな集まりが発生してしまうのがゲイの良いところだったりもします。

 

あとはなんと言っても旅行!!

 

僕は個人的にはこれが1番「ゲイに生まれて良かった~」と感じる瞬間です。

 

ゲイのお友達がいらっしゃらない方や、まだまだ自分のセクシュアリティに悩んでいる方などは「旅行!」なんて言われても「ポカーン」と言った感じかもしれません。無理もありませんよね。

 

よく僕も異性愛者の友達から「アメリカやヨーロッパはゲイが多いみたいだよね」と言われるのですが、この発言、半分は当たっていて、半分は間違っています。

 

より正確に言えば「アメリカやヨーロッパにはゲイであることをカミングアウト(公表)して、人目を気にせず堂々とゲイライフを楽しんでいる人が多いよね」というのが正しい表現で、実は社会の中に占める同性愛者の割合は世界中どこへ行っても一定の割合だと言われています。

 

そんなわけで、それなりに国民の多数派が食うには困らない経済水準の国で、厳格な戒律のある宗教が支配していない国の首都や大都市には、大小の差はあれ「ゲイタウン」なるものや「ゲイクラブ」「ゲイバー」などがあるものなのです。

 

セクシュアリティという共通点は先ほど業種や世代を簡単に超えて仲良くなるきっかけになるというお話をしましたが、なんとまぁ時に国籍や言語の違いまでもを超えてしまうのです!

 

ちなみに言うと僕は学生時代に留学経験もないし、お金のない貧乏大学生のくせして自主制作映画を撮ったり、劇団めぐりなんかをしていた口の学生だったため、旅行にハマったのは社会人になって数年してからのこと。もちろん語学力だってほとんどなく、英語力に関しては大昔に大学受験で勉強したのが最後。外国ではほとんど言葉なんて通じません。それでもなんとかつたない英語で頑張って会話をしていて、現地のゲイとは不思議と仲良くなってしまう。

 

セクシュアリティとは恐ろしくも偉大なものです。

 

これまで訪れた国や都市は、卒業旅行で行ったタイを皮切りに、ニューヨーク、韓国、台湾。どの国にもゲイのためのクラブやバーがあって、そこで仲良くなった現地のゲイたちにオススメの観光スポットを教えてもらったり、一緒に飲みに行ったり食事をしたりしていました。

 

中でも1番のお気に入りは台湾!!この記事をお読みのゲイの方で、台湾へ行かれたことのある方のほとんどは納得でしょう(笑)

 

初めて訪れたときの感動が忘れられず、思わず翌年にもう1度行ってしまったほど。首都の台北のみならず、新竹、南端の高雄と、台湾新幹線を使って西海岸を縦断しました。

 

僕にとって台湾は、初めて行く東アジアの旅だったのです。戦争などの歴史があるので、東アジアでは基本的に日本人というのは嫌われているものだと思い、滞在中は非常に節度ある行動を心がけようと思っていました。

 

周囲の台湾へ訪問経験のある友人たちは皆口を揃えて「あそこはすごく親日的だから何も心配しなくて大丈夫だよ」と言ってくれていたのですが、それは「東アジアの中で比較的反日感情が緩やか」という意味だと解釈して、出かけて行きました。

 

到着して早々、「反日感情が緩やか」なんてものじゃないことは一晩で、いや一瞬で思い知ることとなります。街を歩いている人も、ホテルの人も、お店の人も、とにかく親切。僕が外国人だとわかるとすぐに話しかけてきてくれて、親切に道を案内してくれる。おまけに日本から来たと告げると更に親切にしてくれる!!
しかも、「日本人がお金持ちだから」という理由でたかっているような気配も一切ない。
(そもそも、台湾はすでに観光客にたかるほどの経済水準ではない)

 

「なんだコレは!!」

 

とにかく衝撃の連続でした。

 

それは台湾のゲイの方々も一緒で、本当に親切にしてくれて、時間が空いていたらガイドブックにも載らないような地元の市場やお寺を案内してくれたり、自分の友達を呼んで紹介してくれたりと、ゲイならではのハンドメイドな旅を1番謳歌できる国だったように思います。

 

おまけに、イケメンさんがとても多い!!(ここ重要・笑)

 

台湾のオススメスポットや楽しみ方なども、今度ブログの記事として扱っていきたいと思います。

 

そんなわけで初回ということもあり、長い自己紹介記事で失礼いたしましたが、なんとなくこのブログの方向性をご理解いただければと思います。

 

「陽のあたる場所へ―A PLACE IN THE SUN―」
あんまり明るい時代に育ったわけじゃないし、ライフコースに多大な影響を及ぼすセクシュアリティだってなんだかんだ言ってマイノリティ。だからと言って悲観することはない。「幸せ」って、それを実現したときも嬉しいけど、探したり追いかけたりしているときも「幸せ」なんだよね。

 

日常からいろんなことを感じ取ったり、いろんな人といろんな物事を共有したりすることで、少しずつ「陽のあたる場所へ」近づいていければいいなぁという気持ちを込めて、このブログのタイトルとしました。

 

どうぞよろしくお願いいたします。