【映画レビュー】ゲイのリアルが描かれた傑作「怒り」を見た感想

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10月に入り、すっかり秋めいて来た最近ですが、いかがお過ごしでしょうか。それにしても、今年の夏から秋にかけては大ヒット映画が続出しましたね。特に話題になったのは新海誠監督の「君の名は。」と、エヴァンゲリオンでおなじみの庵野秀明氏が監督を勤めた「シン・ゴジラ」だったかと思います。

 

そして、筆者の周りでも話題になった作品があります。それは、上記2作品が上映される際に予告編として上映された邦画「怒り」です。この作品、妻夫木聡と綾野剛がゲイの役を熱演したことでも話題になりましたが、予告編も興味をそそられるものでしたので、筆者も先日鑑賞しに行きました。

 

今回は「怒り」の映画レビューを書いてみたいと思います。

 

ネタバレしない程度にあらすじを

 

あらゆる所で物語のあらすじは紹介されていますが、本作品は、過去に殺人事件を犯した犯人の疑いをかけられた前歴不詳の男性3人と、その男性と出会った人々とを描くミステリアスな群像劇です。千葉、東京、沖縄の3都市で物語は繰り広げられ、三者三様の「信じること」と「疑い」で揺れる気持ちを克明に描いています。

 

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千葉編

千葉の漁村で生まれ、度々家出を繰り返してきた女性、槙愛子(宮崎あおい)が新宿歌舞伎町で風俗嬢として働いているところを、愛子を探して東京にやってきた父・洋平(渡辺謙)が発見し、家まで連れて帰るところから物語が始まります。

 

洋平は漁業で生計を立てており、洋平の元で働いていた前歴不詳の男・田代哲也(松山ケンイチ)と愛子は次第に恋仲になって行きます。そんな中、3年前に八王子で発生し、現在も犯人が逃走中の未解決殺人事件の犯人、「山神一也」のモンタージュ写真に哲也が似ていることを発端に、次第に周囲の人の疑いの眼差しが哲也に向けられることになり…。

 

東京編

その頃東京では、仲間に囲まれ、都会のゲイライフをエンジョイしているまさにリア充ゲイの藤田優馬(妻夫木聡)が、ハッテン場でタイプの男性を見つけ、事を致した後、彼と食事に行きます。しかし彼に名前や出身地、住んでいるところを聞いてもなかなか答えようとしません。ようやく聞けたその男の名は大西直人(綾野剛)。しかし彼は東京に出てきたばかりと言い、泊まるところもないようなので、優馬は彼を自宅に泊めることに。ここから2人の奇妙な同棲生活が始まります。

 

しかしある日、3年前に八王子で起きた殺人事件の犯人、山神一也のモンタージュ写真を見た優馬は、直人の顔や特徴が山神一也と似ている点が多く、3年前のあの事件の犯人なのではないか、という疑念を持つように…。

 

沖縄編

最近本土から沖縄に引っ越してきた小宮山泉(広瀬すず)は、現地で知り合った同年代の男友達・知念辰哉(佐久本宝)に連れられて、無人島にやって来ます。無人のはずのその島で、サバイバル生活を送る男、田中信吾(森山未來)と出会います。

 

信吾はいかにも一人旅好きなバックパッカー風の風貌で、次第に泉や辰哉とも仲良くなり、辰哉の家が経営する民宿で働くことになります。民宿のテレビに一瞬写った八王子殺人事件の犯人、山神一也のモンタージュ写真に目をやり、まさかと思い信吾の顔と見比べる民宿の女将…。

 

妻夫木聡演じる優馬のあまりにリアルなゲイライフ

 

※極力物語の核心には触れぬよう注意して書きますが、若干のネタバレがあるかもしれません。未見の方はご注意願います※

 

妻夫木聡の演じる優馬が最初に登場するのは、ビルの屋上で開催されているゲイのプールパーティのシーンです。仲の良い遊び仲間のゲイ数人で訪れ、大音量のクラブミュージックでテンションが上がる優馬。

 

しかし彼はああいう場所にのめり込んでいるクラバーかと言えばそうでもなくて、平日の昼間は真面目な会社員生活を送り、仕事の後や休日は仲の良いゲイ友たちと食事に行ったり、他愛もない会話で盛り上がったりする、よくいる都会のゲイ。

 

筆者はあれだけオシャレなマンションに住めるほどの経済力はありませんが(笑)、一当事者として、都会に暮らすゲイのライフスタイルを比較的忠実に描けているな、と感じました。

 

今まで見たことのない誇張的演出

 

これまで映画やドラマに登場してくる「ゲイ」と言えば、クネクネした動きでオネエ言葉をしゃべる中年男性なんかで、一見してそれとわかる誇張された演出がほとんどでした。

だいたいは物語の息抜き的な要素として登場し、ちょっとクスっと笑えるひと時を持たせるためにオネエのゲイが登場するシーンが描かれ、物語の本筋には大きく触れない程度に登場する場合が多かったと思います。

 

しかし今回登場した優馬は、オネエ言葉をしゃべるわけでも、クネクネした動きをするわけでもなく、会社では社会的に求められる男性ジェンダーをしっかりこなし、性欲は適当なところで発散し、仕事以外の友達関係も持っていて、そこでそれなりに息抜きをしている、リアリティのあるゲイです。

 

キャラ作りに「誇張」は付きものですが、「オネエ言葉」や「女装」という方向に誇張されがちだったゲイが、今回は「オシャレなマンションに住んでいる」「高そうなスーツを着ている」というアイテムによって「物質的に不自由していない人」ということを表現するための誇張が加えられています。

 

一方、優馬の母は助かる見込みのない病気に侵されており、ホスピスに入居しています。この「病気の母」は、将来配偶者を持つこともなく、いずれは天涯孤独の身となり、最後は一人きりになるのではないか、という漠然とした将来への不安感や孤独感を象徴していて、これが先ほどの「物質的に不自由していない人」を象徴させるために登場したきらびやかなアイテムたちと一緒になったとき、両者がハイコントラストとなり、巧みな演出となります。

 

他にも優馬の抱える孤独感を象徴するシーンがいくつもあります。ネタバレしない程度に書くと、冒頭のプールパーティの帰りに優馬は母の入居するホスピスにお見舞いに行くことにしていたのですが、仲間から「この後ご飯でも行かない?」と誘われたとき、特に理由も言わずに「今日はいいや、仕事の疲れが溜まってて」と言って誘いを断ります。(それに対して「あ、どうせ男と会うんでしょ~」と返す友達のセリフのリアリティも秀逸!笑)

 

おそらく優馬は、一見するとよく一緒に遊んでいて仲良しに見える友達たちに、母親が病気であることを言っていないのでしょう。それどころか、もしかすると彼らの本名すら知らないのかもしれません。

 

そこに現れた直人という存在は、恵まれているように見えてどこかに虚無感を抱えていた優馬にとって、その隙間を埋めてくれる存在であり、なおかつ威勢を張らなくて良い相手で、次第に直人との関係を「居心地が良い」と感じ始めるのはとても納得の行く展開でした。

 

おそらく優馬は筆者と同じ30代初盤か中盤くらいの設定です。この年代と言えばゲイライフ的には20代の頃よりも経済的余裕もできて友達も増えて楽しいときだけど、一方で両親も元気がなくなって来て、帰省するたびに明らかに身体が衰えていく両親を見るのが少し辛い時でもあります。

 

優馬はその明暗が両極端に誇張されているとは言え、多くのゲイにとって共感を得られた設定の人物だったのではないでしょうか。

 

信用と疑い、理性と感情の狭間で…

 

物語の中盤、千葉、東京、沖縄で展開されるストーリーの中で、3人の男が疑いの目をかけられるわけですが、筆者は意外にも(?)東京で展開されている優馬と直人のストーリーよりも、千葉で展開されている愛子と哲也のストーリーに深く共感しました。

 

風俗嬢として働いていた愛子は父の元に帰り、一見すると元気な生活を取り戻したように見えますが、彼女の抱えている傷は深刻なものと思われます。
筆者には、彼女は自尊心が非常に傷ついている女性に見えました。根本的な部分で自分に自信がなく、自分自身に対する評価が極端に低い。だから、そういう自分を好きになってくれる人などいない、という気持ちを常にどこかに持っている女性のように見えました。

 

そのため、せっかく結ばれた恋人の哲也のことも信じたいのに、彼があの八王子の事件の犯人なのではないかと周囲の人が言い始めると、どこかに疑念が生まれてしまったのでしょう。

 

うまく行っているときは特に問題はありませんでしたが、そういう状況になり、次第に愛子が抱えている傷ついた自尊心が姿を見せていきます。

 

「やっぱり自分なんかがまともな人と結ばれるわけがない」
「自分なんかが人並みの幸せを手に入れられるはずがない」

 

こうした愛子の気持ち表現するセリフを聞くと、筆者は胸を締め付けられる思いになりました。

 

恋人であれば彼を信じてあげる「べき」だし、彼がそんなことをする人ではないことは理性の部分でわかっている。だけど感情から発生した疑念がその「理性」をかき乱す…。

 

理性で考える「こうありたい自分」というのは、いつもキレイで完璧なものです。だけど時に理性ではコントロール不可能な感情(この場合は疑念)が姿を表わし、それはまるで、自分では操縦不可能な得体の知れないものを自分の中に飼っているような感覚で、恋人を信じたい気持ちと疑念との間でもがき苦しむ愛子の姿に非常に人間らしい臭いを感じ取り、筆者は深く共感しました。

 

(映画の後に立ち寄った行きつけのゲイバーで愛子に一番共感したという話をしたら、「英司、それホモとして一番共感しちゃいけない登場人物だよ!!」とマスターに笑われた話はまた別の回にでも…笑)

 

筆者が愛子に共感した理由

 

筆者がなぜ愛子という自尊心に傷を抱えた女性に共感したかと言うと、やはりそれは、自分は同性愛者であるというセクシュアリティに起因している部分があると感じました。と言うのも、筆者もどちらかと言えば自分自身に対する評価が結構低い方だと自認しています。

 

筆者が多感な青春期や思春期の頃、今ほど同性愛者に関する情報も多くなく、同じセクシュアリティの人と出会うためのツールも限られていました。

 

「学校」と「家」という狭い社会の中でしか生きられなかった思春期の頃に自分のセクシュアリティに気づいたとき、筆者は絶望感や孤独感を感じた口の人間です。

 

「自分は普通の人と違っている」
「男性しか好きになれない自分は普通の人よりも劣っている」

 

思春期の頃はそんな風に考えていましたし、多感な時に付いた考え方の癖というのは、大人になってからもなかなか克服できないものです。愛子という役は、筆者が今も心の奥底にしまいこんでいる闇の部分にスポットを当てた役柄だったので、非常に共感できたのかもしれません。

 

とにかくリアリティを追求した作品

 

この作品には、賑やかな見せ場などは存在しません。ただ淡々と物語が進んで行くタイプの作品ですが、とにかく俳優陣の演技の自然さが際立つ作品でした。

 

物語の随所に「信用」と「疑念」の葛藤が描かれており、人間の持つ繊細な心の動きを魅せる作品でした。そのため、中途半端な演技ではかなりの駄作になる恐れがあります。本作が日本映画界を代表する豪華役者陣を惜しみなく起用したのも頷ける作品でした。

 

筆者的には今年一番の傑作となりました。まだの方はぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。

 

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