ひとりの働くゲイとして、本当に困っていること-具体的な解決方法を探る試み-

どうも。英司です。日に日に秋が深まり、そろそろ冬支度も始まる時期ですがいかがお過ごしでしょうか。

私も一人の男性同性愛者として、ここ数年のいわゆる「LGBTブームみたいなもの」は注視してきました。

私が学生の頃(2000年代頃)までは、LGBTという言葉もまだ一般的ではなく、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーに関しては各々で議論、ないしはコミュニケーションを取っており、互いが互いに問題意識を共有するには至っていませんでした。

実際、私個人的には、昨今「LGBTが受けている差別・社会的困難」が語られる際、大部分はトランスジェンダーの方に限った話であることが多く、これがLGBTすべてに共通する差別や偏見であるかのような語られ方や眼差しに対して、強い違和感を抱いてきたのが正直なところです。

こうした前提があるため、今回は「男性同性愛者である私」が、「ゲイであるがゆえにぶち当たっている/ぶち当たるであろう問題」について、真面目に考えてみました。

日本における同性愛者への「差別」と言われていることと、その実感値

日本で同性愛者が受けている差別としてよく例示されるのが「日本では同性婚ができない」ということです。これに関して、私は周辺法の整備や立憲主義との整合性をしっかり整備することと同時進行で進めるのであれば、同性婚の合法化には概ね賛成、という立場を明確にしています。

その点について詳しくはこちらの記事にて。

一方で、同性婚の合法化さえ実現すれば、すべての不便がなくなるわけではありません。また、現在パートナーがいない私にとって同性婚は、「将来の選択肢が増える」ものではあるものの、パートナーができたとしてもこの制度を利用するかどうか現段階ではわかりませんし、現在パートナーがいるゲイの友人知人の中でも、婚姻関係を結ぶことを切望している人が必ずしも多数派というわけでもなく、私個人として喫緊の課題とは言い難いものでもあります。

つまり端的に言うと「確かに不平等という意味では差別的ではあるけれど、特段今すごく困っているわけではない」というのが、私個人としての実感値、と言った感じでしょうか。

他、LGBTの人権活動をしている方の中には、到底賛同し難い主張や、特定の党派性を強く持ったもの、特定のイデオロギーに誘導するものなども多く、こうした言説に関して懐疑的、批判的な発言を私はこちらのブログやSNS等でもしてきたかと思います。

働くシングルにとって一番のリスクとは何か?

しかし、一男性同性愛者として不安なことがないわけではありません。

ここからは最近の私の個人的な話にもなります。個人的な話を前提に何かを主張すれば「LGBTの代表のような顔をするな!」というご批判を必ず受けてしまいますが、本件を解説するのに、個人的な体験談を用いない方法が思い浮かびませんので、今回はその点ご了承ください。

私が今後の人生で不安に思うこととして第一に思い浮かぶことは、親の介護の問題と、それに伴うキャリアの断絶です。

先日、実家に帰りましたが、私は3人きょうだいの末っ子ということもあり、両親は他の同年代の友人に比べて高齢で、すでに病気がちです。本人たちもいわゆる「終活」にも着手しているようでした。

22歳の時に実家を出た際の記憶でなんとなく実家の記憶がストップしている私としては、帰省するたびに明らかに弱っている両親を見るのは悲しくもありますが、時間は止まってくれませんし、押し寄せる現実には対処していかなければなりませんので、そんなことばかり言っていられません。

仮に今後介護が必要な状況になった際は、私の両親は老人ホームに入ることを希望しています。それは、特に父が長く仕事熱心な人生を送り、合理的で冷静な性格であるためで、父としては「自分たちが原因で子供が仕事を辞めなくてはならないことになるのは避けたい」という気持ちと、「他のことをしていればより活躍できるのに、介護に不慣れな人間が無理やり介護をするより、介護をプロとして職業にしている人にしてもらうのが合理的だろう」というサッパリした性格だからです。

また、我が家の場合実家が首都圏にあり、姉たちは車を走らせれば実家まで30分程度のところで家庭を持っており、一番遠くに住んでいる私でさえ、今住んでいる高円寺から在来線で1時間程度の距離なので、それなりに頻繁に顔を出すことはできます。

しかしそれでも、もっと弱った時点で「前はあんな風に言ったけど、やっぱり身内に介護して欲しい」なんて言い出す可能性もゼロではありません。

もしそんなことになれば、すでに家庭を持っている姉たちよりも、未だに独身の私がなんとかしなければならなくなります(少なくともそういった圧力は発生するでしょう)。そこで待っているのは、介護離職による「キャリアの断絶」という現実です。

私は働くシングル男性として、この現実が最大の恐怖であり、この先の自分の人生に起きる可能性がある大きなリスクだと強く実感しています。

ゲイの友人たちとも、ふとした瞬間にこの話に…

同年代の友人と話していると、ふとこの手の話になることが時々あります。ただ、そこでよく言われるのは、「英司はものすごく恵まれている方だよ」ということ。

他の同年代の友人よりも親の老いを早く経験しているとは言え、私は首都圏に実家があり、きょうだいがあと2人もいて、自身も都内勤務・在住で、何かあればすぐに駆けつけることができます。

事実、親が入院して手術を受けた際も、私も姉も交代で訪れたり、見舞いや付添に行ったりした際も仕事は半休で十分でした。

しかし、確かにこれが新幹線や飛行機に乗らなければ帰れないところに実家がある場合そうも行きませんし、加えてきょうだいがいない家の人や、いても誰も地元に残っていないなどの場合、「独身の子供が介護離職をして実家に帰らなければならない」という流れがより作られやすくなることが考えられます。

また、うちの父はずっと会社勤めのサラリーマンでしたので年金は厚生年金で、贅沢はできないとは言えなんとか暮らしていけるほどの金額だと思われます。しかし、もし親が自営業等で、かつギリギリの状態であった場合は、もらっている年金は基礎年金のみということですので、会社員が入っている厚生年金の半額~3分の1程度の受給額となります。ですので、親が病気になったりした場合には子供からの経済的な支援が必要になる可能性もあります。

20代の頃は朝まで一緒に飲んだり遊んだり、ゲイのクラブイベントにハントをしに行ったりと(笑)、気楽な若者時代を送っていた同年代の仲間たちとも、ついにこんな話が出るようになるなんて、私もそれなりの年齢になったものだなと実感する次第です。

「キャリアの断絶」が意味するもの

今の日本において「仕事を辞める」というのはすごく勇気の要ることです。正確には、「これまでのキャリアを活かせない職場に行くこと」「仕事を辞めた上にブランクを作ること」は、大変なリスクになりえます。

職種によっては、数ヶ月情報から遮断されただけで浦島太郎状態になるようなスピード感の業界で働いている人もいるでしょう。医療系や法曹職などの国家資格系の仕事であれば地方に行っても働き口はあるかもしれませんが、私のようなサラリーマンの場合、それなりの大都市でなければ仕事すらない可能性もあります。

また、介護と両立できる仕事は非常に限られています。このような状況に陥る可能性が高い30代や40代と言えば、学校卒業後から正社員として順調に働いて来ていればそれなりの収入や役職になっていることも多く、毎日定時で帰宅できるような仕事や、週4日以下で働けるような仕事の場合、前職までのキャリアが活かせるようなものは少なく、収入も激減する可能性が非常に高まります。

いずれやって来る両親との死別の後、また都会に戻って来ても、(どんな事情があるにせよ)ブランクをネガティブな要素と取られる傾向の強い今の日本では、前と同じ給料水準や役職の仕事に就ける可能性はかなり低くなります。

つまり、「キャリアの断絶」は生活基盤の崩壊、もっと言えば「貧困への入り口」にさえなりえるのが、今の日本社会なのではないでしょうか。

高齢化社会に起き得るリスクを被る可能性がより高いのは…

ここまで見てきておわかりかと思いますが、この問題は男性同性愛者云々以前に、現在の高齢化社会において現役世代全員に起き得る問題です。

ただ、ヘテロセクシュアルの場合、奥さんは介護に専念し、旦那さんはフルタイムの正社員の仕事をする等の分担ができるかもしれません。

何より、家庭を持ち自分の子供がいるヘテロセクシュアルよりも、端から見れば独身で一見身軽に見える同性愛者は、(特に保守的な地方出身者は)「親の面倒は血縁者が見るべし!」という圧力に晒される可能性は高くなるのではないでしょうか。

つまり、ヘテロセクシュアルに比べて同性愛者は、高齢の親の介護による離職と、それに伴う収入の減少やキャリアの断絶のリスクが高い、という仮説が成り立つのではないでしょうか。

しっかりと調査をしたわけではないので今のところ私の予測でしかありませんが、今後こうしたテーマの大規模な実態調査が行われるべきだと思います。

具体的な解決方法とは?

すぐに「差別」や「人権」という世間の人が反論しづらい言葉を多用し、自分の正義を振りかざすようなタイプのLGBTの方に対して私は度々苦言を呈して来ましたが、こう考えて行くと、差別とは言えないまでも「同性愛者であるが故に陥りやすいリスク」というのは確かに存在するのかもしれません。

ただ、この問題の解決には、同性愛者ではないヘテロセクシュアルのシングルの方々の協力も得やすく、「共感」を軸に社会全体を巻き込み、「同性愛者を中心とした人々の社会への要求の声が、誰にとっても生きやすい社会を実現した」という、具体的で目に見えやすい成果を作り出す可能性があると思っています。

今回、こうした問題提起をしっ放し、というのももったいないので、私なりにここまで論じて来た問題に対する解決案を挙げてみたいと思います。

1、リモートワークのさらなる推進

すでに取り組んでいる企業が出はじめていますが、現在はどちらかと言えば「通勤ストレスの解消」や「満員電車の混雑緩和」と言った意味合いが強いですね。

しかし、今後はリモートワークの普及の目標に「介護離職防止」を明確に定め、よりリモートワークでできる業務の範囲を増やして行くことで、出勤は週1日でOK、のようになれば良いと思います。

そうなれば、地方に実家がある方でも今の仕事を離職せずに、1週間のほとんどを実家のある地方で過ごす、という働き方が可能になり、キャリアの断絶が発生せずに介護と仕事の両立ができるのではないでしょうか。

2、最新テクノロジーを利用したインサイドセールスの推進と強化

そうは言っても、本格的なリモートワークをできるのは一部の事務職やクリエイター職だけでは…と思われる方も多いかとは思います。

ただ、最近では「インサイドセールス」も徐々にではありますが取り組む会社も出てきています。インサイドセールスとは、直訳すると「外回りをしない営業」という意味となります。

具体的には、アプリやソフトウェア等のインストールは不要で、WEBブラウザのみで利用できるテレビ電話を使った営業スタイルのことを言います。

私も仕事柄、WEB系の会社さんの営業を受けることが多いのですが、徐々にこの営業スタイルの会社は増えてきており、インサイドセールスのために開発されたツールも多数リリースされ始めています。このあたりは、今後複数の会社による開発競争が見込まれるため、音声や画像の品質の劇的な向上も期待できます。

これが一般的になれば、ホワイトカラーとしての就労人口が最も多いとされる営業職の人もリモートワークが可能となります。今後はVRなども活用して行くと面白いかもしれません。国や自治体、業界団体の呼びかけでインサイドセールス普及のためのVR購入補助金制度なんかもやったら、営業を受ける側の企業への意識付けにもなるかもしれません。

3、介護ブランクによる差別的扱いの禁止

ここまでの1と2は極力キャリアの断絶を回避する視点のアイデアでしたが、これは最後の手段です。

現在、介護休暇制度は整いつつあるものの、親と死別後の復職には高い壁があります。採用する側の心情として抵抗があるのは事実ですが、高齢化社会において致し方のないことと受け入れて、それなりの強制力を持ったルール決めが必要になるかもしれません。

「LGBTフレンドリー企業宣言」よりも大事なこと

ここ数年の「LGBTブームのようなもの」の影響で、最近は闇雲にLGBTフレンドリー宣言をする企業が増えています。しかしその実態は、就業規則にLGBTへの差別を禁止しますと一行付け足しただけであったり、そもそもLGBTへの差別の具体例は何か、そもそもそういったものは存在するのかを、しっかり精査したり、考えたりしないまま、世の中の「ムード」だけでこのような施策が先行しているきらいがあります。

また、被差別者としての利権を得たいがために、存在もしない差別を作り出す行為など言語道断です。

本当にLGBTフレンドリーなのであれば、誰かが勝手に作ったLGBTフレンドリー企業認定シールとかバッジとかをもらって喜んでいるでいるだけで良いのでしょうか。

どこかの誰かが「差別された」と言ったことをそのまま鵜呑みにするのではなくて、LGBT故に陥りやすい社会的リスクをしっかりと精査した上で、LGBT以外の従業員を含めた多くの人に喜ばれる働き方を作り出して行くべきです。

引いてはそれが、働き盛りの人材を失うことを防ぐことにもなりますし、これこそが本当の意味での「多様性がある社会」なのではないでしょうか。

いつも現実主義的でやや夢がないと言われがちな私ですが、今回は私の中ではかなりの理想論であることを前提に書いてみました。

私も一当事者として、こうしたリスクの不平等が解消される社会になることを願います。また、そうした発案がヘテロセクシュアルの方にも喜ばれるものであった場合、同性婚にしても何にしても、より話を進めやすい世論や土壌ができていくのではないでしょうか。